暗雲晴れん(近代財界擬人化)

 大正13年に釜石が三井鉱山に買収された時、日本橋の三井本館へ挨拶に来る話。三井財閥内の釜石買収に対する背景とか思惑とか。あと八幡の創立期と八幡に対する激情。

 全体的に釜石がとても落ち込んでいる。『釜石製鉄所七十年史』p.82の三井鉱山に事業を継承するくだりにおいて、買収のことを指し「悲運」と形容しているので……お許しを。
 追記:これは勉強しはじめの頃に描いた作品なので史実に関してかなり誤りがあります。注意して下さい。三池の労働運動とか……。
 


前書き
 小畑二郎「三井財閥による鉄鋼業の展開過程(一九一三−一九三三年)(続)」と、長島修「外国人のみた創立期官営八幡製鐵所 」を読んで思いついた小説。
 三井鉱山の由来は三池炭鉱社の設立に由来し、三池炭鉱の出身者が三井鉱山の指導者になっているので、三池炭鉱を三井鉱山合名の代表者として描いています。また、自分は会社擬人化の年齢を社史に則って決めており、このため三井銀行の生まれは明治9年と言うことにしています(三井銀行八十年史編纂委員会編『三井銀行八十年史』1957年)。
 しかし、そうすると釜石は明治18年生まれ(富士製鉄釜石製鉄所編『釜石製鉄所七十年史』1955年、1885年は明治18年に田中長兵衛が再建計画に着手した年)になってしまうし、三池に至っては明治22年生まれ(池上重康『三井鉱山五十年史稿』1944年、本書では明治22年の三井による三池炭鑛社の設立を起源としている)になってしまう!商業や工業とは異なり、製鉄所や炭鉱など特殊な土地によって成り立つ会社は別の年代で計算するということにしようか、非常に迷います。それはそれできっちり考えないと三池が400歳になるな(古田慶三『三井三池炭鉱』1897年、本書では三池鉱山における石炭発見の言い伝えは四百年に遡ると紹介)。