はぁ……はぁ……サイトメイン画の小ネタ紹介記事書くの面倒すぎた……😭と思ってたら、いつの間にか各平のこと書いてた日記。
ようやく記事書き終わった
小ネタ紹介記事……ほとんど一回使ったことのある資料を基にしていたから、整理とか一日で終わると思ったら普通に五日くらいかかった……。
途中で「やるべきこと①」とか「やるべきこと②」とか「やりたいこと①」とか原稿(「やりたいこと②」)をやってたからっていうのもあるんですが……。
これでも小説の参考資料の項目とか、あるいはXで一度URLを呟いたことのある資料ばかり使っているのにこんなに辛いわけですから……。
歴史創作に参考文献書いてくれる歴史創作者様には……本当に感謝せんとよ……😢
と、思うと同時に、やはり普段からこまめに読書メモを付けて後から検索できるようにしておくことが大事だなと思いました。未来の自分を助け、そして創作の土壌とするために……。
だからって、いつ消されるか分からない外部にデータがあるXにつけるの辞めなよ、という話もあると思うのです、が⁉️

自分もXに呟く前に一度apple製品が持つ最大の魅力の一つである「メモ」アプリに記録していたんですが、一つの記事で5万字以上を越え始めたあたりから検索機能がマトモに使えなくなってしまい……。
appleの「メモ」アプリはapple製品には標準搭載されている機能。
同一のappleアカウントを有する機器同士なら一瞬でデータを同期してくれるので、一々ログインしたりする手間もなく、スマホやPCで気軽にメモを共有できるのと、そして機能がシンプルで不可分無いのが最高。
なお自分はappleの回し者です。

Notionも気がついたときには使用するようにしているんですが、いかんせん、自分はSafariを使用しているため、NotionのURLメモ拡張機能のためにChromeを立ち上げるのが面倒で、結果忘れてしまいがち……😢
ちなみにNotionによる読書メモ構築はこちらのテンプレートを利用したものです。
しかるに「【テンプレあり】同人活動ウルトラシステム手帳をNotionでつくった話(前編)」
気になる人は閲覧してみてください。
読書メモをどのように構築していくかは自分の喫緊の問題だと考えています😢
あとそんな面倒くさいのに、なんでわざわざ参考文献を書くのかという話も、また別個に記事にしようと思います。
平生釟三郎日記抄録が面白すぎる‼️
発端は上の資料整理の途中で平生釟三郎に関する論文を見つけたことです。
麻島昭一「平生釟三郎と大正海上火災保険」『専修大学経営研究所報』(専修大学経営研究所、1993年)第106号(要NDLログイン)
平生釟三郎、というか東京海上と大正海上の関係に関する研究は、近年岡崎哲二先生も平生釟三郎日記を軸に於いた研究をされていたので、その論文の内容と概ね同じかな、と思っていたのですが、本研究は岡崎先生のものより人物への踏み込みが深く、また平生が大正海上の専務を退いた後もその記述を追っていたので、人物のオタクには大変ありがたい内容のものでした。
とはいえ、その内容はほとんどが平生日記の分析に依拠しているため、もう普通に平生日記を読んだら良くない?という感想も同時に沸き起こりまして……。
そして、本文中の紹介によって『平生釟三郎日記抄録』なるものがあることを知ったのです!
この本を説明する前にそも『平生釟三郎日記』のご紹介を挟みましょう。
平生釟三郎は、東京海上の阪神支店長にして同社専務、後に甲南大学の理事長になり、そして文部大臣や鉄鋼統制会長を担当するようになった、近代日本財界の雄の一人です。
彼は大正二年から日記をつけ始め、仕事、政治、家族に関する膨大な記録を残し、その日記史料は現在でも経営史、昭和政治史の一級史料として扱われています。
やはり日記史料は最強だ……(まぁ、中には信憑性が怪しすぎて研究者からそっぽを向かれている日記もあるとかないとか……)(一級史料とかいうインフレワード、この前『軍国太平記』にすら使われているのを見て目眩を起こす)
日記史料全般に関する説明を聞きたくば、NDLの記事を見よ。
ていうか記事書いた人真崎甚三郎日記の編集手伝った人らしくて……羨ましいですね……🥺
そして自分にとっては、5年前に小島直記著『東京海上ロンドン支店』を読んで各平が脳に直撃して以来、いつも心のどこかで欲しいな……欲しいな……と思ってきた本でもあります。
Q.各平って、何?
A.近代日本財界で最も熱いコンビの一角である、各務鎌吉と平生釟三郎のコンビ名です。
努力の天才で常に負けず嫌い、傲慢不遜な損害保険業界の覇者である各務鎌吉が、三歳も年上でありながら自分の部下、右腕として会社を支えてくれる、同じく常軌を逸した精力的努力家でありながら、金銭に淡白な世話焼き兄貴肌正義漢である平生釟三郎に人生を賭けて執着しているコンビです。
各務の持つ「自分と平生の二人で永遠に東京海上に君臨し続け、世界の損害保険業界を制覇したい」というあまりに重すぎる純粋な愛、野心、願いの前に、平生も「いや会社のために後継者を作るべきだろ」とやや呆れ気味!
各務の愛の重さは、その逝去の一年前まで彼の牙城たる東京海上に平生を縛り続けたことからも自明。しかもその平生の東京海上引退を報告する株主総会では、常に傲慢で演説嫌いの各務が平生との半生を振り返って彼への感謝の情を饒舌に語り(要NDLログイン)……すいません、これ本当に史実ですか?
というか各務のこの愛の演説、東京海上が社史出すたびに活字に印刷されているじゃん……やっぱ各平って公式なんだ……。
その反面、この一見常識人面をしている平生自身も「各務を救えるのは親友である俺しかいない」という最高の覚悟を持った漢!
各務と対立して神経症を患うほど悩みながらも、その性格のヤバさで周囲から孤立してしまう各務を思って東京海上に残り続けたり、各務が誹謗されることに怒って擁護したり、あまりの両想いぶりのお陰で同輩の財界人からはこんな書き方をされてしまうほど……。
福沢桃介「各務鎌吉」『財界人物我観』
「平生は、岐阜市に接近する加納町の産まれで、各務と同じく一橋出身、二十三年に学校卒業後、朝鮮政府に雇われていたが、矢野次郎の推薦と各務の口添へで東京海上に入ったのである。各務は、その平生に一年程仕事を覚えさせてから、ロンドンへ行くつもりだったが、そんな悠長なことをしておれなかったので、やむなく平生入社後、二三ヶ月にして後事を平生に託してロンドンへ行った。
さて、平生は、いよいよ営業方面を任されるとなると、経験はなし、不安でならない。しかも、立派な会社と思って入社したのに、実はほとんど破産に瀕した有様で、どうしてよいか毎日途方に暮れていた。気の毒に思った各務は、平生に向って「将来有為の青年たる君をこの難局に引きずり込んだのは、全くあい済まない。最早や運命と諦めて、君と僕と一心同体となり、生命を賭して、社運の挽回に努力して欲しい」と、熱涙を流して平生を説いた。平生は各務の熱誠に感激し、万難を排して猛進することを誓ったという。
(中略)
一家の平和と繁栄は、女房の内助に俟つことが多い。各務に対する平生は、正に好適の女房役だった。
各務と平生は、性格の相違点が少くない。各務はどちらかというと、無口で舌の回転が遅い方であるのに反して、平生は大の饒舌家で早口と来ている……おしゃべりで、その点では各務と正反対の平生も、虚名を嫌い社交界の出入りを嫌い、一意専念会社のために働く点においては、全く各務と同じだ。平生は最近実業界を引退して、育英事業に身を投じたが、それまでは陰に陽に各務を助け各務の短所を補うことに努めたものだ」
ちなみにこの桃介という漢もまたヤバ、良い、財界名物男ですが、彼は各務と(おそらく)1910年代前後に知り合って親友になり、二三日毎に中央亭や田中屋(料亭)で各務含む仲間で飲み食いしていた一人です。
親友からもこんな風に書かれるとかマジで……やっぱ各平って(自明なので後略)
というか「最早や運命と諦めて、君と僕と一心同体となり」て重すぎる、こんなん告白以外の何物でもないじゃん……桃介親友相手だからってこんなん書きすぎじゃん……ありがとう……🥹
最早、自分が何を言おうと、現実にある彼らのあまりに複雑な関係性の前には総て薄っぺらい言葉にしかなり得ないので、今すぐ小島先生の『東京海上ロンドン支店』の下巻を読んでください。
あ、もう駄目です、我慢出来ないのでここに各平の告白シーン置いておきます。
率直に、勇気をもって本音を吐いてこそ、各務も《辞意》の理由を、誤解すること無く、完全に理解しただろう。
そのポイントが欠けている以上、各務が平生のことばを真面目にうけとらなかったとしても、それは各務の罪ではない。
「ちょっと弱気になりすぎているな」
と考えたのだろう。
「何を言い出すんだ」
と一笑に付してしまったのだ。
「いま君を失うことは、会社の大損だよ。神経衰弱というのなら、現職のままで十分に保養すればいい」
といい、平生が口を開こうとすると、
(分かってる、分かってる)
というふうにうなずき、手を振ってそれを制した。
「後継者の問題なら、現にまだいないのだから、君は健康の維持につとめながら、今しばらく尽力してもらいたいのだ」
「しかし……」
「幸いに後継者ができたとした場合、そのときには本社にもどってきてもらいたい。そして僕の女房役となり、代理役として活動してもらいたいと思う」
各務の眼には、真剣な光があった。彼はお世辞を並べてはいなかった。真情を吐露したものだ。平生の反撥を許さぬ迫力は、語勢でも、レトリックでもなく、各務の真情そのものにこもっていた。
平生は、黙り込んだ。
「辞意の件は、おあずけ」
小島直記『東京海上ロンドン支店』(新潮社、1980年)pp.208-209
はぁ……各平って…… 天命契約終身伴侶 ですよね……。
これ以外にも色々凄いシーンあるので読んでください。各務への友情と怒りでぐちゃぐちゃになってる平生が……最高でぇ……‼️😭
大正期に入ると、東京海上では後継者問題(要するに次世代の経営者をどうするのか)が生じてきます。
そして、平生が東京海上を辞めて社会事業家になりたいと吐露するたびに、各務はこの問題を用いて、「後継者がいないのに東京海上を離れるのは残酷だ」と平生の罪悪感を刺激するような言い方で束縛するようになりました。
しかし、それに対し平生が、では経営者候補ができ次第、自ら引退して阪神支店長の座を譲り予行演習をさせるべきだと主張すると、各務は「阪神支店長の座を降りるなら、東京に来て自分の女房役になってほしい」と要求するわけです。
い〜やあの手この手で引き留めようとするじゃん🎶🎶🎶
露骨に手放す気なさすぎるじゃん🎶🎶🎶
なんなら手放すどころかガッツリ距離縮めようとしちゃってるじゃん🥺🥺🥺
安心してください、史実ですよ😉
『平生釟三郎日記』大正四年十二月十九日条(改行、(注釈)は引用者によるもの、なお本文はカタカナ書きですが、変換が面倒且読みにくいのでひらがなにしています)
「次で(各務との)談は本社社務が益多忙を加ふることに及び、余は同氏が益劇務に当るに引換え、余が主管する阪神両店の事業はその量を加へこそすれ単純なれば、敢て余に限りたるにあらざれば、余は早晩退きて壮年者に代わらしむるも欲するや久し。
(しかしその場合)各務氏は、余を東上せしめ、余をして同氏の代理者たらしめんとするものの如きも、是れ余を精神的、社会的に殺さんとするものなり……然るに、若し各務氏の代理者として東京に至るに於ては……余は各務氏の女房役として其スクリーンの陰に隠れ、外界と没交渉(となるため)……断然之を固辞するの外なし」
『平生釟三郎日記』大正五年三月十八日条
「今朝各務氏より来書あり。戦価の暴騰、戦争危険の膨大は、共に我社の営業を投機的ならしめ、その間に処して安全なる経営を為し、以て株主に対する職務を果さんには、幾多の苦心と焦慮を要し、日々頭脳を悩ましつつありと申来れり。実に同情に堪へざる次第なり。
彼は経綸の精力家にして、多々益弁ずるの慨あり。
明晰冷静なる頭脳を有し、錯綜せる事務を調理し、艱難簇生の裡にありて其判断を過らざるの力ありといへども、人力は無限にあらず。
且、妻君は強度のヒステリーに罹りて、家庭における享楽は絶無といふべく、又社内に於ても、彼に代りて指揮の任に当り、又は経営の衝に当るべき適材なきを以て……その心労は少しく過重にあらざるなきやと憂慮せり。去臘上京の折、彼は語りて、都合に依ては余の東上を乞はざるを得ざるも知れずと漏らしたることありしが、蓋し彼の真情なるべし。
……余は二十八年来肝胆相照して本業の進展を計り、当社の復活を共にせし各務氏をして全責任を負はしむるは、親友に対する同情を缺くものにして、義として忍ぶ能はざれば、熱誠を以て社業に従事す……」
『平生釟三郎日記』大正五年六月四日条
「四日着京、早々各務氏を訪問し……神経衰弱の為め身体精神に異常を感じ、到底長く勤務堪へざれば、一年の後には適当なる後継者に譲りて退役せんことを内談せしが、氏は神経衰弱の如きは、之を癒するの法なきにあらず……敢て全然職を廃せざるべからざるにあらず、且余の体格は元来強健にして……業務の負担を軽くするの覚悟せば、敢て職を辞するの要なからん……会社の基礎を置きて今日の大を為せる余が其職を去るが如きは、会社の損失甚大なれば、健康維持に力めつつ、今暫らく尽力せんことを乞て止まず。
……余が去って後進に職を与ふるは(事態のために)一挙両得なりといへども、各務氏は之を問題とするを好まず、元老去って後進を推挙するは無論の事なるも、適当なる後継者を得ずして乱りに職を去るを、却て会社に対して不親切の誹を免れざれば……余をして其心境を吐露するを得せしめず」
ここで平生が真情を吐露できなくなっちゃうのさ〜〜〜年下の親友の口下手な各務が何度も言葉を重ねて説得してきているその必死さに、平生が同情して見放せなくなちゃったからっていうのが……🥹🥹🥹
なおこれでも各平の良さの端っこみたいなものです。あまりに多すぎて写経できない苦しみ……オタクの幸福!
平生は大正期から社会事業のために東京海上を辞めたがっていたのを、各務の再三再四再……何回説得して取りやめたのか多すぎて忘れましたが、とにかく各務の必死の説得で取りやめて会社に残り続けました。
しかし、結局は東京海上を引退して、自ら甲南大学を創立、理事長としてその経営に当たることに。
ちなみに各務は「会社にいながらだって大学経営できるはずだ」と相変わらずめちゃ反対しましたが、平生が甲南大学を設立するにあたっては、各務自身も五十万円(今の千万円くらいかな)を寄付しています。
普段魔王のくせに平生の前でだけ年下末っ子・いじらし・甘えがでちゃうの、可愛いすぎ‼️😡
それでも各務は、平生がたとえ甲南に行ってもいつか自分の横に帰ってきてくれることを信じ、そして毎年顔だけは絶対見たいと思い、平生へ無理を言って東京海上の平取締役に縛り続けていました。
結局昭和11年の平生の文部大臣就任で、ついに各務も東京海上の取締役引退を許します、が……しかし、各務の死の間際で、平生は本当に各務の横に帰ってきてくれたの、本当に……今、自分は涙しながらこの文を書いています。
各務の病院にほとんど毎日通う平生が……本当に……家族でしかなくて……。
さてなんの話をしてたんでしたっけ?
あぁそうだ、『平生釟三郎日記抄録』の話ですよね😉
各平に脳を支配されたオタクとして、さらなる各平の記述を追うべく、『平生日記』は是非とも読んでみたいと思っていたのですが、いかんせん『平生日記』はなんと全19巻(しかも大判)もある怪物級のボリューム。
これはとうてい図書館で借りても一二週間で読みきれるか、加えてその本を借りたいと申請し図書館同士の往来を待つのも面倒くさい……。
と、色々気後れを感じて手を出せずにいました。
が、今回上の論文を読んで、この『平生日記』を縮小した『平生釟三郎日記抄録』があることを始めて知ったのです。
この『平生釟三郎日記抄録』は、『平生日記』の中から、損害保険業界に関する記述のみを抜粋して上下巻2冊にまとめた、経済史学者向けのVersionであり、しかもその編集者は、日本経済新聞社の日本財閥経営史シリーズで『三菱財閥』を担当した三島康雄先生!
損害保険業界といえば、まさしく各平の記述が出てくるのはもう確定演出ですし、三島先生がその序文や後書きで平生に対しどのようなコメントを残しているのか、見てみたい🎶
というわけで、早速購入して読み耽りました。

届いて三日でこの様子。ハリネズミかな?
ちなみにこの付箋は適当に色を選んで貼っているわけでは無く(当然でしょうが……ッ‼️)話の内容ごとに色を変えて貼っています。
濃いピンクは各務関連、黄緑色は三井物産関連、黄色は火災保険業と言った感じで、めくる時にぱっと話題ごとに分類しやすくしている(つもり)。
特に大事な内容に関しては書き起こして日付をメモ、これもまたappleのメモに残しているので、ちょっと危険ですね(自覚あるなら辞めてね)。
各務や三井物産の描写を求め、宝探しのごとく一日一日の記述を読むのがあまりに楽しすぎて、暇さえあれば平生日記を読みふけり、もはや自分の生活リズムが脅かされるレベルで……。
ピンポーン
‼️(^o^)‼️
なんだ、宅配便か……びっくりした〜〜〜‼️
最近ジーメンス事件とか労務管理に関する本だとか、色々注文してたから、よく宅配屋さんが来るんですよね。
今回は一体何の本かな……。
!?

え、なにこれ、重すぎ!?
てか段ボール二箱って何?これ家電?

!?!??!????

いやあの……。
『平生釟三郎日記抄録』で……ジーメンス事件の描写がカットされているのがショックで……あと各平の描写においても、晩年の様子とかは損害保険業界関係ないものとしてカットされてるかもしれないなって思って……それに推しの日記なら一巻買ったら他の巻も欲しくなるの目に見えてるし……全冊揃えるのって本当に大変だし……それに一冊づつ買うよりかはずっと安くて……。
あれだよね。
構図が完全に「無料トライアルを試したら便利すぎて結局それまで無料で使えていたサービスに課金しちゃった人」だよね。
普通に冗談言えない値段していたので、もう今年はデカい買い物するの辞めようと思います。
完
原稿の報告
蛇足のごとく、原稿のお話をしようと思います。
原稿の進捗、先月の日記では、「五月中旬までに、第一章を終わらせる」などと書いていましたが、その結果は……。
失敗しました。乙。
今は第一章の60%位に立っています。
敗因は、4月末から5月にかけて自分の思っていたよりずっと忙しかったことで……と書こうとして、情けなくなってきました。
小林一三の名言、「金がないからと言ってやらない人間は、金があってもやらない」[要出典](これどこで言ったやつなの?)という言葉の通り、本当に意思があれば、それに言い訳をする暇も与えず行動するものですよね。
追記、上記の名言は、小林一三著『私の事業観』「小なりとも一城の主たれ」からのものでした😉
という訳で、もっと真剣味を以て原稿に当たらないと……いかんな、と反省しました😢
あと、最近ようやく原稿で大事なことは「諦め」を知ることだな……とも痛感してきました。
一番いいのはSNSを辞めることだよね、とも思いますが、自分がSNSをやっているのは、いつかの未来、財界にハマったオタクへボトルメッセージを残すため。
然るに、『平生日記』や史料に関するつぶやきや萌え語り、辞めざるを得ざるべく……できるだけ自分で閲覧をセーブしながら、共存しようと思います。
これでこの日記の内容も終わりですが、せっかくここまで8000字の日記を読んでくれた方のために、ちょっとしたオマケをお付けします。

こちら原稿中で没になった池田成彬のコマ。
下絵で描き込んでおいて没にするなといいたくなってきますが、まぁ向上精神があるのは良いことだ……。
これからも、諦めと熱意をいい感じに調節しながら、頑張ろうと思います。