短編集2(近代財界擬人化)

 第一次製鉄合同運動前後、八幡製鉄所が日本鋼管と海上ビルで昼食食べる話を書こうとしていたよ。日本鋼管の思春期とか、企業にとっての血液こと資本の話とか。
 
 海上ビル中央亭組の企業も出る。東洋汽船もこのグループに入ってるってマジ!?

 1925年の話と1928年の話。
 書きたい話と会社が多すぎて、群像劇になっちゃった。短編集ではありますが、全ての短編は繋がっている。
 
 今回は本文の内容のため、意識して情報を偏った形に編集して書いているので、史実を気にする方は、是非あとがきを読んで下さい。

 以下は時代背景と小説内の業界関係の説明。
 1925年といえば関東大震災の翌年です。
 東京海上ビルの位置する丸の内は多くの建物がレンガやコンクリート製で、大震災でもそれほど被害を受けずに済みました。大規模な火災が引き起こされた震災ですが、火災保険会社業界では、震災における保険金は、支払いを拒否するのが一般的でした。被害が甚大で、支払えば会社を逼迫するのが明白だったからです。しかし、東京海上火災保険の専務かつ、日本火災保険協会のリーダーであった各務鎌吉が、東西の保険会社と政府の間を取り持ち、政府が保険会社に支援金を支払い、保険会社は被害額の2割を支払うと約束、議会では揉めに揉めましたがなんとか支援金は支払われることになりました。なお、東京海上は政府の支援金を待たず、自力で保険金二割を支払い、世間から喝采を浴びます。特に各務は「地震各務」ともてはやされ、昭和期、彼の活動の幅は大きく広がることになります。
 電力業界は大正期あたりから各地の電力会社の統合が進んだ結果、日本各地で巨大な給電地域を持った五大電力会社の体制が形成され初め、1930年以降は、特に東京近郊への給電をめぐって一大抗争が起こり始めました。ちなみに、その五大電力会社のうちの二社、大同電力と東邦電力は経営者同士が親しく、その縁によって大同電力は給電地域を東邦電力に譲ったわけですが(これは給電地区を譲っただけで大同側はその地区の発電を東邦へ卸売していた)、東京を巡る電力会社抗争では、いの一番に東京へ乗り込んだ東邦に対し、兄貴分の大同(の経営者)が東邦を裏切る形で参戦しだします。戦国時代かな?
 大震災後の鉄鋼業界は、復興のための鉄鋼免税措置によって輸入鉄鋼に押しだされ、加えて復興事業の遅れによっても打撃を受けていました。こうした苦しい状況から、数年前に政友会の経済通、高橋是清が唱えた、官営八幡製鉄所を民営化させて、民間の業者と合併し分業を図る、製鉄合同の運動が本格的に動くことになります。
日本鋼管の川崎本社工場は、震災で死傷者を出す被害を受けましたが、なんとか数ヶ月で運転を再開しました。
 
 1928年といえば、その前年1927年には関東大震災で発行された震災手形のシステムが破綻し、台湾銀行が倒産、さらに台湾銀行に依存していた鈴木商店が破綻しています。そして、台湾銀行の救済緊急勅令案を議会で通せなかった若槻礼次郎内閣が倒れ、田中義一内閣へと交代しました年です。田中内閣では、緊急で入った高橋是清大蔵大臣がモラトリアムを発動し、相次いでいた銀行の倒産にようやく歯止めがつきました。
1928年の後半からは日本の鉄鋼市場では海外鉄鋼業者のダンピング競争を耐え抜いた業者がようやく成績を向上させ始め、加えて卸売業者を中心として鉄鋼販売のトラストが形成され始めると、八幡もやがて一部の商品でこのトラストに参加し本格的な合同運動の先駆け(?)になります。しかし、鉄鋼市場の長い不況の全面的解決は1931年の満州事変からはじまる満州占領まで待つ必要がありました。 


 こちらは作中の登場人物の相関図。流石に登場人物の数が多すぎて読者に優しくないという自覚があった。


  1. どこにもない出口 p.2
     1925年の冬、荒れ狂う氷雨の神奈川県、川崎。若く血気盛んな日本鋼管は、自身の親の一人である今泉嘉一郎に怒りをぶつける。彼は、彼の経営者たちが、第一次世界大戦後の不況に始まった経営難から抜け出すことができず、官営八幡製鉄所との合併を画策していることに勘づいたからだ。
  2. 君が誰か知ってる p.3-4
     1928年、炎天下の晩夏の東京、丸の内海上ビル。落ち着かない気持ちを抑えて海上ビルから出てきた日本鋼管は、八幡製鉄所と出会ってしまう。昼食のために、彼の誘いに乗った日本鋼管だったが、なんだか微妙な空気になってしまった。そこへ突然、海上ビルの不良たちが表れる!
  3. 等身大 p.5
     1928年、晩夏は真夜中の東京駅、下りの寝台車。八幡製鉄所は三池炭鉱と共に北九州へ向かう列車に乗った。三池は八幡にとって、幼い頃からの顔馴染みだ。彼はいつもふてぶてしくて、意地の悪い悪戯好きで、昔はもっと怖い人だと思っていた。日本鋼管の八幡への態度は、もしかしたら、幼い頃の八幡にとっての……。
  4. 置いていくなんて p.6
     日本鋼管は、知っている。彼らが、本当に……彼を……。
  5. あとがき + 参考文献 p.7
     あとがきには史実に関する補足を含む。また、全ての短編の参考文献はまとめて記録している。
  6.