短編集2(近代財界擬人化)

いつか出口を見つけた時は

  

 レンガの道を歩く。日は傾き始めたが、温められた地面は未だ通行人に猛威を振るっている。
 汗が流れる。しかし、それは暑さから吹き出たものではなかった。

 八幡たちの前から飛び出てきた日本鋼管は、睨みつけるように前だけを見て、東京駅への道を歩いていた。絡まったような思考が頭を占めて、冷や汗が流れる。
 駅前のロータリーでは一円タクシーが集合し、次々に客を拾って走り去っていった。しかし今の日本鋼管にはそんなことも気にならない。赤レンガの巨塔の中央のドームではスーツや着物の往来客で喧騒に包まれている。
 日本鋼管は、券売機に並ぶ人だかりの列に並んで、深い溜め息を吐いた。

 最初から八幡の誘いなんて乗るべきでなかたのに!

 日本鋼管と東洋汽船の昼食の約束をとってきたのは白石だった。重役会の説明で東京の事務所へ呼ばれて来た彼に、川崎へ帰る前に東洋汽船と話してきたら、と言ったのがきっかけだ。
 日本鋼管にとっては、正直言って、東洋汽船は苦手な男だった。彼の楽天的かつ陽気で遠慮のない性格は、へそ曲がりで強情な日本鋼管にとっては水と油のようなものだったからだ。それで、日本鋼管はいつも、彼はあくまで白石や伊藤の元いた会社であって、自分とは関係が無いと意固地に言い張っていた。伊藤は日本鋼管の態度もあまり気にしていないようだったが、未だ東洋汽船の役員として残っている白石にとっては非常に気まずかったらしい。機会があれば、彼はいつも日本鋼管を東洋汽船に会わせたがった。
 そして、そうやって白石がなんとか東洋汽船との仲を取り持とうとするたびに、日本鋼管は親の顔を立てるつもりで、渋々それを受け入れていた。
 
 東洋汽船は、日清戦争後の航路補助金を機に設立された会社だったが、その誕生と成長の反面には日本郵船への対抗心があった。岩崎弥太郎が西南戦争でその基礎を作り、三井と政府の支援を受けて設立された共同運輸を吸収して生まれた日本郵船は、日本海運界の覇王であった。後ろにつくのはわずかで、住友など大阪商人らの連合で生まれた大阪商船ばかりであった。しかし、浅野はそうした天下の日本郵船の殿様商売を批判して、彼らが活動していない航路を開拓し、あるいは彼らよりもずっと安い運賃で運送することで勢力を伸ばして、いつしか日本郵船、大阪商船とならぶ三大汽船と呼ばれるようになっていた。

 券売機のベルが絶え間なく鳴り響いて、列が進む。誰かの財布から小銭の落ちる音がした……。下を向いて考え込んでいた日本鋼管は、足元に赤い銅貨が転がり込んできたのが見えた。それを拾いあげて顔をあげると、持ち主らしい右前の少女が恥ずかしそうな顔でこちらを見ている。日本鋼管は、黙ってその銅貨を手渡した。
 
 しかしながら、第一次世界大戦の後に東洋汽船もまた経営難に陥り、ついには政府の仲介があって、不倶戴天の敵であった日本郵船と、三年前に合併することになってしまったのだ。合併した時の彼は随分落ち込んでいたようだった。白石が彼の様子について言及して、悩んでいたのを聞いた日本鋼管は、その姿を想像して、八幡と合併することになった時の自分を重ねずにはいられなかった。

 それでも東洋汽船は、もはや既に合併問題からもすっかり立ち直って前向きになっていた。日本郵船と合併したと行っても、あくまで買収があっただけで、名前や独立性までは失くしていなかったからかもしれない。
 去年の夏に、今日と同じように東京の事務所へ行った時に偶然であった東洋汽船が、すっかり以前の快活な陽気ぶりを取り戻して白石と談笑しているのを見た日本鋼管は、どこかショックを受けるような気分になった。彼は本当に能天気だと心の中でどこか怒りを覚えたのだが、それと同時に、頭の中ではもう合併から二年近く経ったのだから、彼がそれを乗り越えて心機一転しているのは当然だとも、日本鋼管には分かっていた。分かっているのに、怒りのような、理解できないという不満が抑えきれない。
 自分は彼が羨ましかったのだ……。
 
 白石たちが進めていた八幡の民営化と製鉄合同の話は、結局政府と八幡の技官達の反対によって流れてしまった。だが製鉄業界の結合という問題は未だ去っていない。鉄鋼業者らのまとまりの無さをみかねた卸売業者らが、販売網でトラストを作って運動しはじめたのだ。この運動がやがて鉄鋼業者の方へも逆流してくるであろうことは誰にでも予想できた。製鉄合同は八幡側の反対によって頓挫したが、逆に言えば八幡側が合同しても良いと判断すれば、すぐにでも実行の計画が立ち上がるだろう。日本鋼管の懸念は、未だ消えた訳では無い。
 日本鋼管にとって、合併の恐怖や苦痛を乗り越えたような東洋汽船の姿は、羨ましくてたまらなかった。
 八幡と合併するのは御免だと怯え続ける自分と違って、彼はもう合併してしまったのに!すっかりそれを乗り越えているように見えるから。
 
 きっと今の自分が東洋汽船と話したら、この羨望からくる一方的でめちゃくちゃな怒りを、彼にぶつけてしまうのだろうと、日本鋼管はどことなく心の奥で予想ができていた。しかしその一方で、こんな不毛な感情を東洋汽船にぶつけるべきでないとも思っていた。東洋汽船は悲劇にあった張本人であって、何も責められるようなことをした訳では無い。
 だから、日本鋼管は東洋汽船との約束から逃げる道を選んだ。
 白石と約束したときから、逃げられるなら逃げたかった心持ちがあったものの、彼は海上ビルの七階の、彼のオフィスの前まで来ていた。だが、当の東洋汽船が呼び出す給仕の声を無視してまで、忙しそうに契約書の山と格闘しているのを見て、良い口実ができたとばかりに、ほとんど衝動的に出てきてしまったのだ。
 とにかく、嫌な気分だった……心の奥の嫌な予感と、約束を破った後ろめたさで、海上ビルから飛び出た時の日本鋼管は、すっかり動転していた。

 ニスが照り輝く木製の券売機に白銅貨を入れた。ボタンを押してベルが鳴り響くと、硬券が滑り落ちた。
 長蛇の列の中では、抜け出るのも一苦労だ。日本鋼管は、列の合間を縫ってなんとか改札口の方へ向かった。

 でも結局自分は八幡の誘いに乗ってしまった。
 八幡と出会った時は、東洋汽船の前から逃げてきた動転が残っていて……彼から逃げた悪い予感の理由を何も考えていなかったからだろう。自分は東洋汽船に怒り出すだろうと直感して逃げたのに……東洋汽船と同じくらい怒りを向けている八幡になんて、付き合うべきで無かったのだ。
 八幡もまた、日本鋼管にとって羨ましくて仕方の無い男だった。彼は税金で運営されていて、市場とは無関係そうな場所に立っている。だから株主の期待に悩まされることも無い幸福な立場にあるのに、あらゆる鉄鋼市場に進出して民営会社に猛威を奮ってくる、嫌な男だった。それでいて、彼はいつもこちらを見ると紳士的な態度で楽しそうに話しかけてくるのだ。
 この矛盾に満ちた八幡の態度もまた、理解できないという不満と、怒りの元だった。

 それでも……それでも日本鋼管は、東洋汽船のことも八幡のことも、怒りの影で彼らを慕う気持ちが残っていた。
 
 改札口を抜けて、駅員が切り取った硬券を財布の中にしまう。
 汽車が到着したのだろう。向こうの階段から人の波が押し寄せてきて、改札口に詰まっていった。
 しかし、日本鋼管の登った階段の先はいまだ閑散としていた。人はまばらで、汽車もまだ来ていない。日本鋼管は、空いているベンチに座って、黙って汽車が来るのを待った。

 日本鋼管からすれば、東洋汽船も八幡も、人の気持ちも知らずに話しかけてきてはこちらの神経を逆撫でる、嫌な大人である。だが、それでも彼らは苦労人なのだ。
 二人は日本鋼管よりもずっと長い人生と、より多くの苦悩を経験してきた人で、長い年月をかけてそれを乗り換えてきたことを、彼の三人の親たちはいつも語っていた。多くの苦悩を超えて、彼らはようやく大成したのだ。

 日本鋼管が、どれだけ不躾な言動や嫌な態度をしても、彼らは怒らずに、苦笑して受け流した。日本鋼管にとってはそうした彼らの態度もまた怒りの源泉になるのだが、そのことを親たちに言うと、そうやって日本鋼管のわがままを許してくれるのも、多くの苦悩を越えてきた彼らの心の余裕ゆえだろうと答えてきたものだった。
 そうだ……自分は、彼ら大人二人が、いくら癇癪を起こしたって、それを許してくれる人だと知っている。白石たちの返答を聞いた時には、また説教だと思って鼻を鳴らしていたものだけれども、自分だって本当はよく分かっていた。
 彼らが自分にとって、本当に良い大人達なのだと、日本鋼管も理解していたのだ。

 八幡も東洋汽船も、自分の父親たちと同じく、いまだ子どもの日本鋼管を見守りたいだけの大人たちで、彼らは本当に日本鋼管に愛情を寄せている。それでも子どもの自分は彼らから気に食わないところを見つけては、へそを曲げた態度を見せて……要するに、自分はずっと彼らに甘えてきた。

 笛の音が響き渡った。顔上げたが、こちらのホームには汽車の影はなかった。どうやら別のホームに来た汽車の音らしい。
 日本鋼管はため息をついて項垂れる。
 ホームで時刻表を見てこようかとも思ったが、立ち上がる気になれなくて、辞めた。

 しかしながら、自分はもう子どもでいられない。
 最近になって、ようやく、日本鋼管は、もはや自分が大人たちに甘えられていられるような存在ではいれなくなってきていると感じていた。
 転機になったのは、父親の一人、伊藤幸次郎の危篤だった。

 彼が三年前、脳溢血で倒れてから……毎日、日本鋼管の工場に来ていた彼の姿は、珍しいものに変わってしまっていた。今泉や白石は、彼が来るとしきりに心配して、無理をしないで静養に専念するように言っていたけれども、日本鋼管は彼が来てくれるのを待っていた。
 しかし、去年から、彼はもう来れなくなってしまった。ほとんど病院で寝たきりになってしまって、肉付きの良かった彼の体はすっかりやせ衰えていた。伊藤も、もう長くないだろう……今泉や白石と彼の入院した病院へ向かっていた時、車の中で、今泉が呟いたその言葉が日本鋼管には忘れられない。
 だが誰よりも死期を悟っていたのは、伊藤自身と彼の家族だろう。去年、伊藤が来れなくなる直前に、日本鋼管にあることを聞いてきた。
「時計と本だったら、お前、どっちの方が好きだ……」
 日本鋼管は、時計などもう持っていたから、勿論本だと答えると、伊藤は笑って、そのまま帰っていった。そして、風呂敷一杯分の彼の蔵書が送られてきたのは、その1週間後のことであった。本の中で縦横無尽に走っていた手書きのメモは伊藤の文字である。英語の辞書や法律の本まで、中には全く知らない分野の本まで含まれていた。日本鋼管が困惑して、今泉にそのことを話すと、彼は一瞬絶句して目を見開くと、顔を手で覆った……それでこう言ったのである。それは、きっと伊藤の遺品だろうから、絶対にちゃんと大事に使ってやれと。
 会社の彼の机の上には、朱印やペン、手垢のついたランプが彼の帰りを待っている。しかし、もう彼のレターボックスには何も入っていなかったし、そして彼の机の上には何の書類も届けられてはいなかった。朱印の主であるはずの印鑑も、彼の机からは取り上げられていた。
 
 彼自身と彼の親族が、身の回りのものを整理して、そして会社でも少しずつ彼の居た痕跡が消えていくのを見るたびに、日本鋼管は異様な気分になった。人間が死ぬのは、決して急では無いのだ。
 あの仕事熱心で誰より仕事の切り回しの上手い伊藤が居なくなっても、会社は平然と動いている。伊藤の見舞いに行った帰り、日本鋼管はそれが信じられなくて、なぜだか……泣きたくなった。白石が心配そうに見てくるので、そのことを話すと、彼らしいなだめるような声で言った。
「人間は死んでしまうが、それで組織まで死んでしまったら、残された人間まで路頭に迷う……だから、自分が死んでも組織が動き続けられるようにしておくんだ。それが私たちにできる、最後の奉公だから……」

 それで、日本鋼管は……今泉や、白石でさえも、遠からずいつかそうなるのだと、まざまざと思い知った。
 自分の父親たち、大人は皆、やがて彼の元から去る。そして彼自身が、大人にならなくてはいけない。今泉や、白石も、もう六十代だ。甘えられる時間は、長くないだろう。
 八幡や東洋汽船だってさえ、そうだ!彼らもまた、結局のところ、永遠の存在ではないのである。この1920年代の不況の中で、彼らはなんとか生き残っているけれども、再びまた大きな不況が来たら今度はどうなるか、誰も知れない。

 笛の音が聞こえる……。
 眼の前の、線路の下に引かれた砂利から顔をのぞかせていた雑草が揺れ出した。ホームに風が吹き込んできたのだ。
 噴煙をあげる汽車がホームをめがけて減速してくる。
 日本鋼管は、重苦しい体を、なんとか立ち上がらせた。

 出口のない怒りはのたうち回り、当たり一面に破壊するものを探している。今泉に、東洋汽船に、あるいは八幡に──怒りが彼らを襲おうとしている。何度襲っても、何も壊せはしないし、壊せたとしても、何も得られないのに……。
 いつかきっと、この怒りの出口を見つけられた時、ようやく自分は大人になれるのだろう。

 汽車の扉が開いた。
 日本鋼管は深呼吸する。
 そして、自分の足で、一人で、彼は帰り道を進んだ。

  

 


 
 補足。
 伊藤幸次郎は、1928年の10月31日に死去した。
 四年後、彼の傳記が編纂されたが、今泉や白石はそれに彼への追悼文を寄せている。
 
「(今泉)博士は伊藤氏を追憶して、「日本鋼管会社を創立するにあたり、図らずも君と苦楽を共にすることになった」といい、又、「伊藤君は鋼管会社にとって無くてはならぬ、重要な三本柱の一本となったのである」とも言っているように伊藤氏と日本鋼管、従って氏と博士との関係は、白石社長の場合と同じく兄弟もただならぬ関係にあったのである」
『工学博士今泉嘉一郎伝』p.190