第一銀行の経営者リスト
渋沢栄一
- 埼玉県深谷の血洗島村の篤農家の長男として生まれる。漢学や国学を学び、青年時代には攘夷運動を画策。それによって故郷を出ることになってしまうが、知人のツテで幕府に務めることになる。幕府の財政改善に一役を買い、新政府にも出仕。井上馨の下野とともに政府から去り、経済活動に軸足を移し、以降経済界の第一人者として活躍する。
- 財閥を組むことを嫌い、利益よりも経済の開発を優先する開発主義者を自負。とにかく精力的に働き、多くの会社の設立において資本家集めに奔走した。一方でその忙しさから経営にはあまり携われず。
- 漢学と国学から強い影響を受けた結果か、経済活動は政治に従属するという価値観が強い。政府の要請によって日本の銀行で初めて朝鮮に支店を置き、銀行の経営と鉄道の開発によって日本の朝鮮半島への進出に金融政策の軸として一役を担う。
- 孤児を救済する上野養育院など、社会事業にも熱心で慈悲深い……という一面は確かにあるのだが、その一方で理想主義が強すぎるというのも欠点。若い頃は特に人の好き嫌いが激しかったが、老いてからもその啓蒙的な言動が高慢に受け取られ、三田系の財界第二世代や記者などから反発を招くことも少なくなかった。
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渋沢栄一は……評伝も漫画も多いうえに、NHKでは大河ドラマまで組まれましたから、彼の人生を語る本も巷にあふれています。というわけで、ここのサイトではちょっと切り口を変えて、彼の逸話と周囲の人物からの評伝を紹介しましょう。
ちなみに、真面目で詳細な評伝を読みたいということであれば、中公新書の『渋沢栄一 民間経済外交の創始者』(リンク先はamazon)や、人物叢書の『渋沢栄一』が良いと思います。これらのシリーズは歴史学者(あるいは経済史学者)が書いているため、内容が詳しく信頼も置けます。ただ……真面目な内容の本ですから、批判的な内容も含まれていることをご承知ください。
嬌溢生「渋澤栄一氷菓のシクジリ」(『名士奇聞録』実業之日本社、1911年)pp.6-7
というわけで逸話紹介のコーナー!徳川慶喜と共にフランスへ行った際のエピソード。友達にお土産を持って帰ろうとする姿が微笑ましい。
池田さぶろ「第一銀行副頭取 石井健吾氏」(『財界お顔拝見記』新時代社、1930年)pp.206-207
渋沢のお膝元、第一銀行に務める行員によるインタビュー記事。「なんで石井健吾!?」と思ったそこの貴方!本文を読んでください……つまり、渋沢栄一は第一銀行公認のアイドル……ッてコト?!
池田さぶろ「第一銀行常務取締役 澁澤敬三」(『財界漫画遍路』東治書院、1933年)pp.239-240(※NDLへの利用者登録が必要)
渋沢栄一の長男である篤二の長男、つまりは渋沢直系の孫に当たる敬三の渋沢栄一観が語られるインタビュー記事。
父親の篤二は愛人とともに蒸発し、祖父の栄一に土下座で懇願されて自身の夢を諦めたという彼の人生を考えると、栄一と自身の精神的な遺伝を肯定するこのコメントは非常に……。
佐々木勇一郎
- 生まれは東京、幕府の旗本の家に次男として生まれる。厳格な家庭において漢学や武道を学ぶが、10代半ばにして明治維新となり、幕府御用方として三井組に就職。第一国立銀行成立に際しては下級行員として移行。
- 彼の評判を聞いた渋沢に認められ、以降第一銀行のエース格として出世する。指揮は渋沢、細部は佐々木というような関係で、時に経営を巡って意見を対立させながらも半世紀以上雁行した。
- 明治初年代から銀行業に従事し、その規則には群を抜いて詳しく、銀行界の生き字引のような存在として業界人からも一目を置かれる。また、第一銀行以外の会社に関わらず”貞操を貫く”姿には、一人一業主義の第一人者としても信任されている。
- 酒に強いが、質実剛健な生活を好む。謹厳で慎重な性格で知られる一方、家庭思いな一面を持ち子どもにも恵まれる。
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実業之日本社編「銀行界の第一人者 佐々木勇之助」(『奮闘活歴血涙のあと』実業之日本社、1925年)pp.23-42
経済系雑誌を発行する会社による評伝。生い立ちから第一銀行で出世するまでのあらましがよく描かれている(史実かどうかは注意しなくてはいけないが)。
この本は褒め言葉の語彙が多彩でかっこいいのも非常に嬉しい。
福沢桃介「佐々木勇之助」(『財界人物我観』ダイヤモンド社、1938年)pp.229-240
うわッ⁉️反骨精神バリバリへそ曲がり財界第二世代の最筆頭こと福沢桃介さん⁉️😄💦💥💥💥軽妙で辛口の効いた書き方が痛快で面白い評伝本です。佐々木の謹厳な性格をべた褒めだぁ‼️
国デジの方でもログイン無しで読めますが、全文を現代語訳に直した文章を乗せているサイトがあり、スマホでも読みやすい画面なので、そちらをどうぞ。
渋沢栄一述、小貫修一郎編「銀行家 佐々木勇之助氏」(『青淵回顧録 下巻』青淵回顧録刊行会、1927年)pp.152-160(※NDLへの利用者登録が必要)
雁行した相方による評伝よりも良いもの、無いよね……😁👍
若い頃の佐々木の話は貴重!また、経営をめぐる意見対立のいきさつもかなり興味深い。佐々木に対して少し同情するような言葉があるのも……味わい深い文章だ……🥺
ちなみに、なぜか章の最後には『財づる物語』における佐々木評が引用されている。こちらはログイン無しで読めますよ。
石井健吾
- 埼玉県の大里郡出身。祖父は幕末期志士として活躍した桃井可堂、多くの門下を抱え、藤田東湖とも交流があった人物で、没後正五位に列せられた。しかし可堂の長男であった父親が明治十年、わずか37歳で病没。渋沢栄一はその父親と交流があったため、長男の健吾を引き取り、以降健吾は渋沢家の書生として高等商業学校で学ぶ。
- 卒業後、第一銀行に入社。各支店を廻るうちに横浜の資産家の石井家に婿入りする。佐々木勇之助の次世代の経営者として目され、後の頭取となるが、時あたかも昭和期の動乱の時代、時勢に気を病んで体を悪くし五年で引退。明石照男に席を譲り、相談役となる。
- 性格は温厚だが、時には頭取の佐々木に反対することもある一筋縄ではいかない人物。趣味は読書と囲碁、それに釣り。渋沢栄一には多大な恩義がある故か、絶対視している模様。
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「石井健吾」(『新東亜建設を誘導する人々』日本教育資料刊行会)pp.21-28
国デジログイン無しで読める評伝の中で最も分厚いものか。ただし、これは学徒向けの本ということで、かなり美化が入っているであろうから、史実かは注意が必要。
しかし……やっぱこういう感情に訴える筆致、熱くて没入感があり、個人的には好きです🔥
山下亀三郎「佐々木勇之助氏・石井健吾氏のこと」(『沈みつ浮きつ 地』山下秘書部、1943年)
貸付先として石井健吾に世話になった船商人、山下による回顧。世話になった人間から語られる財界人、これも、最高の記事の一つですね……😁石井の貸し方や人間味が伺い知れる、面白い文章。
池田さぶろ「第一銀行頭取 石井健吾」(『財界漫画遍路』東治書院、1933年)pp.194-196(※NDLへの利用者登録が必要)
本人へのインタビュー記事。おい待てッ……この記事……プライベートの情報まで盛り沢山じゃん❗🥺
渋沢栄一のオススメ資料で挙げた『財界お顔拝見記』発刊の数年後、同じ記者が石井を訪ねた際の記事。仕事の話だけでなく、普段の生活や趣味に関しても聞き出してくれており、大変ありがたい。
明石照男
- 岡山県の備前出身。東京帝国大学の政治家を卒業後、三菱銀行(当時は三菱合資銀行部)に入行し欧米周遊などを経験する。渋沢栄一に見込まれ、彼の長女・愛子と結婚。
- 長らく石井の女房役だったが、彼の引退後跡を継いで頭取になる。以降、怒涛の昭和〜戦間期の第一銀行の指揮を努め、第一銀行の転向と帝国銀行への合併を図る。また、第一銀行入行後の渋沢敬三の後見人として面倒を見る。
- 温厚で謙虚な人物、自分を語ることを好まない。学問研究が趣味であり、特に経済学に強い関心を持ち、学者として金融史に関する書籍や寄稿をいくつか発表している。子どもの教育にも一つの思想を持ち、自ら勉学の面倒を見て、遊びの相手もこなす。休日には若い行員らとテニスに興じることも。
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岩井良太郎「明石照男」(『財界新闘将伝』千倉書房、1934年)pp.283-289
本人へのインタビュー記事。
『財界漫画遍路』(※NDLへの利用者登録が必要)では新聞記者に対する苦手意識が非常に色濃く出ており、あまり会話が弾んでいなかったが、こちらでは本人の趣味である経済学の質問が多かったためか、かなり乗り気な回答。本人の家庭に関する話も特色的で興味深い。
経済資料社編「明石照男」(『財界驍将伝』経済資料社、1936年)pp.406-409
明石の来歴を描いた文章。その学歴や銀行での出世の情報があるのは中々貴重。また、仕事だけでなく学問仲間と交流場所の情報まで乗っているのはオタクにとってはありがたい話。
周囲の人々との関係に触れているのも興味深い。
渋沢敬三
- 渋沢栄一の孫。栄一の長男である渋沢篤二の長男として生まれる。しかし、敬三が生まれる前から篤二は渋沢家の重圧と父栄一の期待に反感を持っており、嫡男の敬三を生んでからはさらにその感情が加速。ついには敬三の幼年期に愛人とともに失踪、廃嫡される。
- 幼い頃から渋沢邸の敷地にあった池を好み、そこで泳ぐ魚から魚類、ひいては生物学へ強い興味を抱くようになった。第一銀行と渋沢家の継承という栄一からの要請を拒み続けるが、紆余曲折の後に栄一と和解し、第一銀行に入行。戦間期には東條英機を筆頭とする軍部の圧力によって日本銀行頭取に就任、戦後には財閥解体を推進、本来の解体対象からは除かれていた渋沢家をも自ら率先して解体する。
- 銀行業や渋沢家の家長としての活動を嫌い、学問の探究に精神の慰撫を求めた。魚類の研究に打ち込むと共に、当時冷遇されていた民俗学に資金援助を行う。自宅の屋根裏を研究所として収集物を保管、貧しい研究者を住まわせた。一方で、こうした貴賎を問わない姿は執事や妻から非常な反感を買ってしまう。岩崎家出身の妻は、家に苦手意識を持つ敬三と渋沢家の重圧に嫌気が差して離婚。
おすすめ資料等
御大礼記念出版刊行会「渋沢敬三」(『現代実業家大観』御大礼記念出版刊行会、1928年)シ部、p.5
渋沢敬三の数少ない国デジログイン無用で見れる文献だ!経済界視点の渋沢敬三像が分かる。
やはり温厚で面倒見のいい性格は渋沢栄一譲りだと評されがち。また、趣味に関しても少し触れていますよ。多芸だ。
佐野眞一『宮本常一と渋沢敬三 旅する巨人』(文藝春秋、2009年)
渋沢家に抑圧され続け、重圧によって軋み、晩年には終に潰れゆく……複雑な二面性を持つ渋沢敬三の一生が、弟子の民俗学者、宮本常一の視点で描かれる作品。
宿命の政財界と慰撫の学問界の間に浮かぶ敬三。時が立つに連れて彼の人格にだんだんと絶妙な変化が現れる流れには、大家に生まれることの悲運を感じずにはいられない。
由比常彦、武田晴人編『歴史の立会人 昭和史の中の渋沢敬三』(日本経済評論社、2015年)
由比常彦先生に武田晴人先生って……流石に……流石に、これは”買い”ですよ……😭
両者共に東京大学の経済学部で教鞭をとったり三井文庫の館長を務めたり、いわゆる日本経済史の大家。あの〜、すでに、その内容に全面的な信任を置いてしまっています。特に由比先生の『安田善次郎』は本筋の真面目な経済史的観点に加え、安田のプライベート話まで非常に富んだ内容であったので、期待、大!
読んでみた結果ですが……『旅する巨人』とは全く異なる視点で描かれており、色々新鮮で楽しい本でした。『旅する巨人』では民俗家としての彼が本筋であり、政治家としての彼が少し描かれていたものですが、こちらでは銀行家としての彼や経済史学者としての姿も見られます。また、結構写真が多く、読みやすい内容であるのも尚良し。やはり、敬三先生のオタクには超!おすすめです。