夜間に煌めき(近代財界擬人化)

 大正十年代の八幡と東洋製鉄戸畑製鉄所が、夏の夜にご飯食べてる小説。
 「暗雲晴れん」の二次創作と言えるかも。


 八幡が夕暮れのヒグラシを聴きながら筑豊の邸宅を訪れると、伽藍堂の居間には戸畑がポツンと一人だけ座っていた。赤い夕焼けが畳に差し込むどこか物寂しい空間の中、戸畑の目の前の御前には、白く輝くさまざまな色の刺身が並んでいて、一人箸を持って口を動かしている。
 
 普段は製鉄所の事務所で暮らす八幡だったが、今日は週末で、港の方でも随分いい魚が上がってきたそうだから、皆で食べようと筑豊炭田が八幡たちに声をかけてきたからやってきたのだ。八幡がすでに一人前の存在であることは、炭鉱たちも皆自覚していたが、地方のイベントや宴会があると、彼にぜひ来いと頼んでくる。八幡は別にそういった催しが特別好きということもないが、断る理由がないのなら、普段世話になっている分彼らに応じるべきだと考えていたから、大半それを了承した。よって、筑豊の宴会に呼ばれて彼の邸宅に来ることは今なお多々ある。
 しかし今夜はどうにもまだ他の炭鉱たちどころか家主も来ていないようだ。珍しい。普段の彼は八幡と聞くと飛んで出てくるような男である。

「ずっと一人ですか?」
 八幡が戸畑の隣に座って声をかけると、八幡の方を一瞥して口を開いた。
「うん、そうです。暇すぎちゃって、もう先にご飯食べてます」
 眉間を押さえて八幡は少し呆れた。家主が来る前に食事をとり始めるとは……これが他の炭鉱だったら、筑豊は叩き出してただろうが、彼は製鉄所には甘いから、きっと見逃してくれる。戸畑製鉄所は、筑豊炭田に住む大厦、安川一門の一人、久原系列の資本によって建てられたから、八幡よりもずっと筑豊炭田との血のつながりが濃い。官営鳴り物入りの八幡への可愛がりには劣るが、気が短い筑豊も戸畑には声を荒げたことはないから、相当甘い方だろう。
「二瀬炭鉱たちも来てませんか」
「いーえ誰も。まぁ書き置きがないってことは、一応夜までには帰っては来るんじゃないですか」
 戸畑は適当に答える。
「何かあったんですかね」
 分かりません、というように戸畑は肩をすくめた。そして目の前の魚の方が大事と言わんばかり、新しい刺身を口に入れる。呑気なことだ。八幡は炭鉱たちと、目の前の戸畑が少し心配になった。

 山の方で事故があったとは未だ聞いていないし、港での石炭の積み込みでも立て込んでいるのだろうか。あるいは、労働者たちと何かあったか。筑豊炭田の組合の方まで出動したなら、家主の筑豊も出ていくだろう。最近はどうも、プロレリタリアだの、革命だの、労働争議が多い……。
 八幡も、筑豊の炭鉱の労働者たちには、同情しているところがあった。筑豊の膝下で育ってきた彼だが、筑豊炭田の労働者への扱いは牛馬に劣らないものがあることは彼にも感じるところがあった。もちろん、炭鉱たちによってそれぞれ労働者への思想は異なる。三井の田川炭鉱などは良い方だ。優れた施設によって事故はほとんど起こしていないし、文化施設を作ってなかなか土地思いなところがある。彼の兄貴分が天下に悪名高い三池炭鉱だとは、知り合いでもなければ到底考えつかないだろう。それにはっきり言って、筑豊の労働者のような炭坑夫が一体どれだけ他の地方で蔑まれているか、ということは、さまざまな職種の人間と取引する八幡が一番痛感していた。
 八幡はそういう時に、思うのだ。人間が如何に不条理か、自分達がどこまで醜いのか。彼らが生きる上で必須にする鉄も、汽車や船、軍艦さえも動かすエネルギーも、皆炭坑夫たちによって支えられているのに、誰も彼らに感謝することもなく、忘れ去られる。
 しかし、その八幡でさえも、特段、彼らを救おうという気持ちがある訳では無かった。労働者の扱いを決めるのは、彼らと同じ人間である炭鉱会社の”役人”であって、自分にはどうしようもできないのだ……。
 八幡はいつも、他人に同情し、その幸福を祈るだけで、ただ見守っているだけだった。彼の心にはいつも諦念が先んじて、世相は虚しく去りゆく万華鏡のように映る……。

「八幡?」
 ぼんやりと人生の虚無感について思案していた八幡を、戸畑が訝しげに覗いていた。
「八幡、大丈夫ですか?」
 八幡は、一気に現実に引き戻されたような気がして、戸畑に微笑む。
「平気ですよ」
「ふぅん……」
 納得していないように、その眉は顰められていたが、また黙って刺身を食べ始めた。こういう時に何も言わずに大人しく受け流すのは、自分と似ている、と八幡は思った。大人しいというか、他人への積極性が薄いとも言うべきか。これが情に厚い炭鉱たちだったら、きっとしきりにこちらの心配をしてくるだろう。戸畑も、一応情に厚くて直情的なところはあるのだが、八幡譲りの淡白な性格がそういう性格を中和しているのか、あまり顔に出さない。

 戸畑は、自分と似ている――彼が生まれる時から、いつも八幡は考えていた。彼は自分と同じく、北九州の寒村に突如現れた巨塔だ。そういう点では、本当に自分と重ねられるところがある。しかし、彼がやはり自分と異なる背景を持った別人であるということも、よく熟知していた。
 戸畑は、海に面した小さな村で、沼地が多いために開発が難しかったから、長らく農漁業を中心に営む素朴な社会が続いていた。しかし明治四十年代から、九州鉄道が八幡付近の急勾配(八幡の周りの山々は低い丘陵帯だが、どれも急勾配だ)に手を焼き、路線を戸畑へ引き込んでから、この寒村は一変する。安川一門の紡績工場建設が端緒となって次々と工場が建設され、戸畑は急激な人口膨張を遂げ、製鉄所ができる前からすでに人口は一万人もいたのだ。八幡に製鉄所が建設された時、八幡の人口はたったの千人、官営釜石製鉄所が建てられた時も、人口三千人であったから、戸畑がそれまで長らく寒村であったとはいえ、彼が建てられた時にはもう発展を開始していた部分があった。
 大正6年に戸畑で製鉄所が建てられた時も、ほとんど揉めることはなかった。色々と誘致で難航はしたものの、政府直属で凄まじい中央の政争に巻き込まれて育った八幡とは異なり、民間による戸畑の建設はかなりすんなり決まって、順調に進んだ。八幡で建設場所に住んでいた人々が追い出され、反感を買ったようなこともなく、戸畑の人々は、喜んで彼の建設を迎えた。
 加えて、彼は運転2年にして経営難に陥ったが、すぐに八幡の製鉄所と結びついて、苦境に困ることもほとんど無かった。建設から開始式までに5年をかけてもなお難航続きで、市場へ満足に製品を出すことのできなかった八幡と異なり、戸畑は建設から2年で、民間でも指折りの規模の大きさでもってすぐに市場へ参入し、今や八幡に次ぐ規模を持っている。
 戸畑は自分と似ているが、あまり苦労やアイデンティティの喪失を知らない。だから自分とは異なるのだろうし、それはきっととても幸福なことだろうと八幡は考えていた。

 ずっとこちらをどこか遠い目で見ながら、考え事をしている八幡を見て、戸畑が口を開いた。 
「八幡はまた変なことを考えていますねぇ」
 八幡譲りの敬語を使ってはいるが、何処かぶっきらぼうなその言い方に苦笑する。不思議と、かつての師匠、釜石の姿を思い出した。彼もまたぶっきらぼうな男で、淡白な性格の八幡には、それが心地よかったものだ。
 
 そういえば、戸畑は随分魚好きだが、釜石も本当に魚が好きで、休日にはよく魚を釣りに行っていた。八幡もたまについていく事があったが、彼は鉄の男であるのと同時に、本当に海の男でもあって素晴らしい手捌きで魚を引っ掛けていくのだ。酒の席でも三陸の魚を自慢して、時に海に近い炭鉱と喧嘩して取っ組み合うこともあった。
 ……八幡は、戸畑が、釜石や炭鉱たちの喧嘩っ早いところに関して、似ていないことを少し安堵した。
 
「それは今日の収穫物ですか」
 八幡は戸畑の刺身に視線を落として聞いた。戸畑も、暇があればよく釣りに行く。今日は宴会があるから、自分で釣ってきた獲物を手土産にしたのだろう。
「うん?そうですよ。欲しいんですか?」
 あーんと食べさせでもするように戸畑が刺身を咥えた箸を突き出す。あぁ本当に無茶苦茶だな!でもそういうところも釜石に似ているのかもしれない。
 八幡は困惑して苦笑したが、大人しくそれを受け取った。淡白ながらさっぱりとした旨味が、舌の上で溶けていく。
「あぁ、うん。美味しいですね」
「そうでしょう!なんてったって夏のトビウオですよ。脂が乗っていて、溶けるようでしょう。こっちのアジもいいですよ。夏の彼らはすばしっこいですが、脂が乗ってなお味が濃くてですね……」
 戸畑が魚のことを話しながら色々八幡に食べさせようとする。
 八幡は微笑ましく思って、うんうんと相槌をうってやった。
 自分も昔同じことをしていた……。かつて、開始式よりも前の5年間、製鉄所の長官として献身的に面倒を見てくれた鉱石博士の和田維四郎と一緒に、八幡はいつも海浜を歩いて石を拾っていた。和田は石好きであったから、よく拾った石について講義をしてもらったものだ。そして、八幡は当時寝泊まりしていた筑豊の邸宅に帰ると、海に散らばる鉱石に関する話を、釜石や炭鉱達に話す。彼らも本当によく自分の目を見て、真剣に相槌を打ってくれていた……。あの頃の自分は、周りよりも優れていることやできることも、何もないと思っていたから、大人たちが知らないことを教えるというのが、好きだったのだ。戸畑もきっと、鉄鋼業の先生である八幡に、八幡が知らない海のことを教えるのが楽しいのだろう。
 
 戸畑を見ていると、八幡はよく昔のことを思い出すのだ。自分が子どもだったときは、周りからこういう風に見えていたのだろうと。これが、釜石や炭鉱たちの気持ちだったのかもしれない。今まで、身の回りに年下がいなかった、と言うわけではない。二瀬炭鉱の中でも、中央・稲築出張所の二人は明治32年生まれだから、自分より年下だった。しかし彼らの専門は炭鉱であったし、自分と年の近い兄弟のようなものであって、子どもとして見ることはなかったのだ。一方で戸畑は歳が離れていて、しかも製鉄業を教えた相手であったから、自然と子どものように思えてくるのだ。

「八幡、ねぇ!また変な顔して、今、絶対僕の話を聞いていませんでしたね!」
 いつの間にか微笑むばかりで頷くのを止めていた八幡を見て、戸畑が怒った。
 八幡はすまないとばかりに手を振って苦笑する。
「ごめんなさい。なんだか、あなたを見ていると、私の子どもの頃を思い出してしまうものですから」
「はぁ、子どもっぽくてすいませんね」
 拗ねた顔で戸畑がそっぽをむく。あぁ!本当に、可愛らしい。話を無視してしまって申し訳ないと思うべきなのに、こんなことを思ってしまうのは、自分もわがままな年上になったものだと感じさせられる。筑豊の溺愛に悩まされてきた自分だが、今の自分と同じ状態だったのだろうと思うと、少し理解できる。
「いいえ……ね、戸畑」
 改まった声で八幡が自分の名を呼ぶのを聞いて、戸畑が驚いたようにこちらを振り向いた。
「愛していますよ」
 八幡は穏やかな笑みで戸畑の頭を撫でた。かつての釜石も、きっとこんな気分で自分のことを撫でたのだ。
 自分は、釜石から多くのものをもらったが、それと同じだけのものを、戸畑に与えてやれているのだろうか。そう思うと、八幡はいつも少し不安になる。自分は、あまり感情表現が得意でないから、彼にきちんと自分の愛情を伝えてやっていれるだろうか。
「貴方は本当に幸福な存在ですね……」
 本当に、戸畑の過去は八幡と比べてあまりにも幸福だ。それに、八幡にとっても本当に幸福な存在なのだ。彼を見ていると、色々考えさせられて、飽きる事がないし、その成長は我が身の如く嬉しく、頼もしく思える。かつて釜石が、八幡がただ元気でいてくれるだけで嬉しいと言ってくれたのと同じように。八幡も、嬉しいのだ。
 
 戸畑は、また変なことを言っているという顔で八幡の顔を眺めていたが、目を逸らして何か考えていた。そして、八幡の顔を見て言った。
「それは、八幡のおかげですよ」
 その言葉に驚いて、八幡は戸畑の顔をまじまじと見たが、戸畑はもう刺身に視線を戻して口をせっせと動かしている。しばし固まっていた八幡だったが、感慨深いような心地に浸って、再び顔を緩ませた。
 あぁ……戸畑も、自分のことを、頼りにしてくれているのだろう。自分の愛情は、きっときちんと伝わっているのだ。八幡は、何となく、自分もまた、幸福な存在だと思った。
 八幡にとって、世相は虚無のように過ぎ去ってしまうが、その中には確かに、代え難い喜びの詰まった時間があるのだ。

 夜が近づいてくるうちに、ひぐらしの声はカエルの声に代わっていった。素晴らしい大合唱で今日も豊前の田畑が揺れる。
 八幡は、米の準備をしてから、行燈に灯火をつけて回った。戸畑も刺身を食べ終えると、御前を脇に置いて居間の障子をどかし始めた。二人で大広間を作る準備をしていると、玄関の方からガヤガヤとした声が聞こえて、八幡は家主の筑豊を迎えに行く。先に来ていた八幡を前にして上機嫌なその姿を見るに、なんてことはない、ただ作業が遅くなっていただけのようである。他の炭鉱たちも、ようやく休めるとばかり、上着を脱いで思い思いに広間へ上がっていった。
 戸畑は土間へ飛んでいって、皆のためにまた新しい刺身を用意しているようだ。炭鉱たちがおのおの酒や土産を持ち込み、それらを二瀬炭鉱の四人組が土間へ持っていくのを見て、八幡も手伝いに腰を上げた。炭鉱たちも疲れているだろうから、早くにきた自分が手伝うべきだと考えたのだ。筑豊はもっとそばに居ろと毎度のごとく駄々をこねるが、それなら土間に来て皆の手伝いをしてくれと頼むと、すぐに引き下がる。実に怠惰だ……と、八幡はいつも思う。それが老人になるということなのか……と思うと、どこか哀しくもある。
 潤野炭鉱が野菜や酢の物を、高尾炭鉱が汁を担当し、稲築坑が米を炊き始めたので、八幡はとりあえず中央坑とともに前菜宜しく刺身と酒だけの御前を用意することにした。自身の収穫物や、筑豊らが持ってきた魚を片っ端から下ろしていく戸畑の刺身を受け取って、横からどんどん盛り付けていく。キリのいいところまで盛り終えて、まずは第一陣だとばかりに中央坑と二人で御前を運ぼうとすると、一息ついた田川や高島炭鉱らが手伝いに来た。三池が刺身をつまみ食いして歳下の潤野に引っ叩かれているのが見えた気がするが、放っておこう。彼が土間に来るといつもあれだ。
 皆で御前を運びにいくと、炭鉱たちは歓声を上げて魚や酒を迎えた。大喜びで刺身に舌鼓を打って楽しそうに話している。彼らはいつでも笑い話が好きだから、誰かが何かを言うたびにどカッと笑いだして、その声は土間まで響いてくるのだ。いつもと同じく、ありふれた宴会の様子である。

 これもまた、代え難い喜びの一つなのだろうと、八幡は考えた。


参考資料
富士製鉄釜石製鉄所編『釜石製鉄所七十年史』(1955年)
通商産業省編『商工政策史 第17巻』(商工政策史刊行会、1970年)
西日本新聞社編『炎と緑と : 北九州の歩み』(西日本新聞社開発局出版部、1973年)
上野英信『地の底の笑い話』(岩波新書、2017年)