あおい空、きいろかった玉子

 現パロかつ学園ものの鐘紡メイン武藤+津田小説。津田が武藤に弁当を作る話。


 学校の一角に佇む古びた木造校舎。津田信吾は高校への長い通学路を歩きながら、心の中で何度も伝えるべき言葉を選んでは思い悩んでいた。
 津田の通う高校は都市部や周辺の住宅地から少し離れた、山の麓に位置している。鬱蒼とした木々から飛び出したトビが高らかに鳴いて舞い上がる姿を見て、津田はその自信げな姿に少し羨ましくなった。

 高校一年生である津田には、尊敬する先輩がいる。自分が所属する応援団の団長である、三年生の武藤山治だ。武藤は学内でも評判の良い、情熱的で真面目な性格の持ち主だ。その上育ちが良くてセンスもいいので、いかにも品行方正というイメージの人物であり、昔から粗野だと周りから言われてきた津田とはかなり毛色の違う人物であった。入学式で初めて見た武藤の人柄や勇姿に魅かれた津田は、とりも直さず委員会決めで応援団に選んだ。高校に入学するまで、自信を自分から何か積極的なことをするタイプではないと思っていた津田は、自分の行動に思わず困惑すら覚えた。自分でもよく分かっていないが、とにかく一目惚れのように武藤のカリスマ性に惹かれてしまっている。特に勉強に熱中する人間でもなかったのに、武藤の自習時間を聞いて驚愕してからは、毎週欠かさず二、三日は学校に残って勉強するようになった。芸術に興味がある訳でもなかったのに、武藤の日本画に対する熱い語りを聞いてからは、図書室で本や画集を借りて、自分も多少の教養くらいは身につけたいと思うようになった。とにかく、武藤の一挙手一投足に惹かれて仕方がないのだ。友人も津田のその勢いには半ば呆れるほどだったが、まぁ今の所はいい影響しか与えてないので、苦笑されるばかりだった。
 そういう訳で、彼のことを尊敬し慕っている津田は、壮行祭前に彼へ何か贈り物をしたいと思っていたのだ。別にそこまで大層なことを言うつもりは無かった。ただ簡単に自分の敬念と感謝を伝えるだけのつもりだったのだが、考えれば考えるほど、どのタイミングでいうべきなのか浮かばず、一生懸命になればなるほど、言葉は出てこず、彼の不器用な性格が災いしてしまうのだ。

 二年生の山口八左右は、向かいに座り頭を抱えている津田を見て、小さく嘆息した。
 数日前から津田の悩ましそうな姿が続いている。武藤や三年生の送り出しについて悩んでいるであろうことは推し量れたが、何せ熱血強情型の津田のことだ。熱意のあまりに思い詰めがちであるし、悩み出したら止まらないので、山口としてもどうやって声をかけたものかと考えあぐねている。
 夏休み前の壮行会前の準備のため、団における学年長を任されている二人は、放課後の部室に集まってその計画を練っていた。日々、段取り決めやプレゼントなど選んでいたが、今は顧問である朝吹先生が仕切りに打ち上げをしたがっているので、その店を探している最中であった。値段を比べたり、先輩方の食の好み──武藤は洋食が好きなので、津田としてはできればその方向性にしたがっているが、三年生には寿司派、焼肉派も多いことが尚更彼らを悩ませている──を照らし合わせ、団員の投票をとるために目録を作っているところだった。青い夏の日差しと蝉の鳴き声が狭い部室に反射する中、表ソフトを睨みながら、パソコンのキーを叩く音が響いていた……が、先ほどからその音の主人が一人減っている。
「津田、お前な……せめて手は動かせ」
 山口は嗜めるように声をかけた。今日は水曜日、幹事を任された山口にとって、木曜日までに店の目録までを完成させる算段であった。金曜日には二年生全体で地域学習と銘打った遠足行事があり、高校には行かず付近の駅に集合して解散するから、できればその前にはパソコンを使うような仕事は終わらせたいのだ。
「う、動かしてますよ!別に……」
 動揺のせいか、やや吃りながら津田は反論した。しかし目の前の表ソフトの進展は、10分間で五本の指にも満たないマスである。山口に見られたら間違いなく呆れられるだろう。
「いいか、俺としては金曜には投稿フォームを組んで土日に統計取りたいんだよ。だから今日のうちに目録完成させて、店を選定する必要があって……」
「分かってます。俺も六時まで作業なんて本当に御免ですから」
 津田は山口の説教を遮るように口答えする。武藤には心酔しきっているような津田だが、元来気が強いせいか、あるいは粗野な性格のせいか、他の先輩には多少無礼なところがあるのだ。山口は再び嘆息した。実に可愛くない後輩である。
「そりゃ六時まで作業してでも、終われたらいいがな……」
 呆れるような口調で山口がつぶやくと、部室の扉が勢いよく放たれた。

「おぉー!今日もよくやってんなぁ!ご苦労ォーッ!」
 耳を壊さんばかりの声の持ち主は二年生の福原八郎である。怖いもの知らずの豪傑肌を持った応援団の名物男だ。持っていた鞄を部室の端に放り投げると、山口の隣のパイプ椅子を取ってどかっと勢いよく座り込んだ。
「おい!冷やかしなら頼むからそよに行ってくれ、まじで忙しいってのに……」
 今度は山口が頭を抱えた。山口の嘆きや訝しむ津田の顔も他所に、当人は山口に寄り掛かりながらパソコンの画面を見て呑気にガブガブと水を飲んでいる。山口は面倒見の良い人間だが、温厚で押しに弱いのもあってか、二年にも一年にも適当に絡まれているところがある。しかし良くも悪くも、責任感の強い熱血漢な人間か、クラスで応援団員を押しつけられてしまった哀れなる事務家肌な人間に二分されがちな応援団においては、山口はその中間に位置するような存在であったので皆から親しまれているのだった。
 福原は水筒から口を離すと、パイプ椅子にふんぞりかえった。椅子の前が浮いてハンモックのようになっている。
「ガキかお前は!頭打つぞ!」
「なんだよ!高校生とか普通にガキだろ!つーかお前らまじで真面目だな。こんなに店上げてたのかよ?俺てっきりファミレス行くかと思ってたのに!」
 山口の忠告も無視して福原は呆れ声をあげた。何しろ厳格肌な応援団の学年長であるから、当然真面目な人間であるのは福原にもよく分かっていたことだったが、三年生送り出しの打ち上げとはいえ表ソフトに飲食店を十何件も真面目にまとめている姿には、もっと適当に決めてもいいものをと思わずにはいられなかったのだ。
「朝吹先生が真面目な店に行くべきだって言うんだよ。ほら、今年の三年生って武藤団長といい長尾先輩といい……真面目な人が多いだろ?」
「あ〜確かにあんまり馬鹿騒ぎするタチじゃないもんな〜」
 福原は水筒を傾けながら相槌を打った。山口は同輩にことの経緯を説明しながらも、手では真面目に文字を打ち込んでいる。
「だから朝吹先生も多少奮発してお金出すから高めの店行ってここ数年で一番の労いをしてやれって……」
「まじ!?先生も金出すのかよ!そりゃ高い店選ばねぇとなぁ〜!」
 福原の呑気な声に津田は思わず顔を顰める。
「人聞きの悪い言い方しますね。朝吹先生は、先輩方に少しでもいいもの食って欲しいって善意で言ってるのに、そこに下心を入れないでくださいよ」
 福原を睨んで津田は口を挟んだ。朝吹としては、例年よりも真面目に応援団の運営や学業に取り組んできた武藤に人一倍労いたい気持ちが強いのだろう。今年は部活動の成績も良く、応援団の出張回数も多かったので武藤達の活動も多かったし、試合への生徒の呼び込みも精力的に行なっていたので、部活動の顧問や保護者などは普段とは比べ物にならない見物人数を前にして喜んでいたものだった。津田もそうした応援団としての活動だけでなく、応援する部活を盛り上げるために精力的に働く武藤の偉大さに敬念を抱いていたので、朝吹の気持ちは痛く分かっていた。
「なんだよ!武藤先輩みたいなこと言ってさぁ……」
 困惑するように福原は声を上げる。山口もかぶりをふって福原を睨んだ。
「当然だろ。お前本当何しにきたんだ?自習のつもりなら黙ってとっとと勉強道具出せよ!」
「えぇ?別になんもする予定ないけど。帰りのバスの時間まで暇だからお前らの様子見に来たんだって」
 山口は項垂れて深いため息をついた。どうにかこの傍若無人な怪物が帰ってくれないかと願うばかりである。福原はそんな山口にもお構いなしだ。後ろに浮かしていたパイプ椅子を戻すと、鉄棒が床を叩く軽快な音が部室に響く。
「てかおい……津田ァ!」
 威勢のいいその呼び声に津田は思わず身を震わせた。
「お前さぁ、随分悩んでるみたいじゃねぇの?」
 福原は津田の顔を覗き込むようにして口角を上げた。津田は嫌な予感がして目を逸らした。
「はぁ、なんですかいきなり……」
「逃げられると思うなよ?武藤団長一番の信者のお前のことだ。武藤さんがいなくなる前に一番何かしたがってるのもお前だろ?」
 福原は身を乗り出して詰めよる。要するに福原の暇つぶしに付き合わされているのだ。津田は面倒くさそうに福原に目線を戻す。
「ま、まぁ、それは確かにそうですけど……」
「ああそうだろ!何隠してんだ。バカ真面目なお前のことだし、どうせ悩んでるんだろ?そう言う時こそ先輩に任せろよ!」
 自信ありげに笑う福原を見て、山口は口を挟もうとしたがその寸前で辞めた。案外、こういう滅茶苦茶な人間の方が、問題を解決できるかもしれない。慎重派の自分には他人の悩みに踏み込むのは恐れ多くどうも触れられないが、この男はいとも簡単に踏み込んでいく。津田の悩みの深さは自分も痛感しているが、今の自分では解決してやれそうにないのだ。ここはこの男に期待してみるのも、悪くない手であるのかもしれない。
「……まぁ、その聞き方はどうかと思うが。福原のいう通り、先輩に何かしたいんだったら、俺たちにも相談してくれ。一人で考えるよりも、きっといい考えが浮かぶはずだ」
 山口はパソコンから目を離し、背を正して津田の方を見た。福原だけならまだしも、学年長として世話になってきた山口にまで言われると、なんとなく無視できず、津田は気恥ずかしい心持ちでその目を見返した。観念したようにため息をつくと、自分の思いを吐き出し始めた。
「はぁ……でも別に、そんな……大層なことがしたいわけじゃないんですよ。あんまり大仰なことをしたって、武藤さんの大事な受験勉強の時間を奪うだけですし、個人で金額をかけて何かするのも、ちょっと気が引けると思いますし……」
 津田は下を向き、普段よりかはずっと気弱そうな様子であった。
「んまぁ、そうだな。あんま重いもの送るのもな」
 山口の相槌に福原は再び椅子に背もたれて首を捻る。
「じゃあ、俺らで合唱でもするか?」
「いや、流石にそんな、ただでさえ全体の壮行会で歌うのにみんなに負担かけられませんよ!」
 津田は急いで福原の提案を却下した。応援団は部活ではなく委員会であるし、あまり団員に負担をかけさせるべきでないのは自分でもよく分かっている。それぞれには別の部活があってそれぞれの三年生の送り出しに注力しているだろう。打ち上げで相当時間を拘束するのだから、それ以上を求めるのは良くない。
「それで下手な歌でも出したらなおさら気を使わせるだろ。もっと……津田個人でできるコトの方がいいってことだよな?」
 山口の気遣いに津田も首肯する。
「そうですね。できれば何か手渡せるくらいのものにしようかと思ってたんですが」
「それじゃあ何だ、手紙とかかぁ?」
 う、と小さくうめき声をあげて津田は福原を見た。図星ではあるが、何か困りごとがあるらしい顔だった。
「そう、思ってたんですが」
「が?」
 山口が津田の方を見ると、津田は耳を赤くして頭を抱えていた。
「いや……か、書こうと思っているんですが、いざペンを持つと、言葉が浮かばなくて……それに書いたとしても、どうやって渡そうかと思うと……もう、よく分からなくなって……」
 山口はあぁ、苦笑した。津田は気の強い男だが、不器用で初心であるのも山口はよく知っていた。そういう奥手な人間味が彼の愛嬌だと感じていたが、今回ばかりは致命的な作用をしているらしかった。
「うん……そりゃ参ったな。手紙は本文がなくちゃダメだしなぁ……」
「俺らで内容考えるのも違うしな。そりゃ難しい話だ」
 福原も椅子を傾けて天井を仰いだ。腕を組んで唸っているが、そんな簡単に答えが出るものでもない。
 すると扉の方からノックする音が聞こえた。
「なんだ、二人だけだと思ったら福原も手伝ってたのか?」
 見ると応援部の副顧問、高辻が差し入れを手に立っている。

 高辻奈良造は応援部の副顧問である。生物の教員だが、山口のクラスの担任でもあったので、部室の前を通る時には応援部のためによく働く山口を気にかけていた。また、柔和で面倒見のいい性格であり、応援部が出張に行けば朝吹と共に差し入れを持ってやってきてくれるので、部員からもよく好かれている。
「はぁ、なるほどなぁ。武藤へのプレゼントかぁ」
 ははは……とお決まりのどこか気の抜けるような笑い方で高辻は椅子にもたれた。机の上には、高辻が持ってきた個包装のチョコレートパックが開かれていた。福原は先ほどからいくつも口にほうばっている。
「福原、お前働いてもないのによく平気な顔で食えるな……」
 山口は呆れ返って福原を横目で見た。バスの時間はもう目の前だが、本人は一向に動く気がなさそうである。
「別にいいじゃん。もう開けたんだし。それに食ってやらないと勿体無いだろ?」
 福原は水筒を傾けながら応える。そして水筒を口から離すと、言いかえさんとばかりに前のめりになった。
「それに!俺は今津田の話に脳みそ使ってんだから糖分が必要だろ!」
 高辻は苦笑して自身もチョコレートの包みを開けた。津田は見かねて、部室の戸棚のコップに水を入れてその前におく。
「あぁ悪いね。にしても今の時代に手紙なんて……熱いこと言うねぇ!武藤君はそういうの喜びそうだし、いいじゃないの」
 楽しそうに肩を揺らす高辻に、津田は弱ったような顔で言いかけた言葉を飲み込んだ。未だ一字も思いつけそうにないことをなんと言えばいいのか、困惑しているのである。
「それが上手くいかなくて参ってるんですよ。津田の思いが大きすぎて紙に載せきれないみたいで」
「載せきれないっつーか、言葉にすらできてないみたいだしな」
 津田の様子を見かねた先輩二人の援護が津田に刺さる。高辻は考え込むように腕を組んだ。
「うーん、なるほどなぁ……」
「はぁ、すいません。こんな俺の個人的なことで……」
 恥ずかしくなった津田が声を上げたが、対する高辻は真剣な顔で津田を見返した。
「いいか、津田。思うに……君は多分完璧を求めすぎていると思う。手紙は何度でも書き直しができるから、時間をかけて悩めば悩むほど、手直したくなるんだ。君の問題はそれにハマって抜け出せないことにあると思う」
 高辻の意見に津田は図星をつかれたような気がして、思わず唸った。確かに今の自分は完璧を求めすぎているともいえるのかもしれない。伝えたいのは感謝の気持ちひとつであるのに、言葉を思いつこうとすると無限に選択肢が湧いてきて止まらないのだ。もっと気楽に考えて簡単にその言葉を選ぶべきなのかもしれないと、心持ちの軽くなるような気がした。山口も高辻の意見に同意するように津田を見る。
「武藤先輩に限らず、人から感謝されたら誰でも喜ぶよ。そこまで言葉一つをとって重く考える必要はないって。」
 そこに福原は腕を組んで口を挟んだ。
「いや……、もういっそのこと対面でいった方がいいんじゃね?」
 福原のそっけない発言に皆が目を丸くする。
「先輩に直に!?それは……」
 顔を朱にして焦る津田を横に、山口は反論した。
「それはなかなか難しい話だろ……第一いつ話しかけるんだ?帰り際とかか?でもそしたら絶対池田先輩とか長尾先輩がいるぞ」
 武藤はあまり交友関係の広いタイプでは無かったが、友人が少ないわけではない。生真面目な性格からか、よく周りの人間から信頼されるとともに揶揄われるたちであったから、帰り際になるとよく友人数人と話して下駄箱に向かっているのを津田も目にしたことがある。生徒会長の池田といい、美術部の前山といい武藤の友人もなかなか気の強い人間が多い。生真面目で強情の武藤が後輩から声をかけられたとあっては、間違いなく冷やかすだろうと想像できた。夏前には応援団の方の練習も少なくないため、その帰りに話しかけるという方法もあったが、だとすると他の三年生の先輩方に感謝の気持ちも伝えないで……という別の申し訳なさが立ってしまう。
「うう、確かに、手紙よりも直に言う方が早いのかもしれませんけど……帰り際に話しかけても、武藤さんはすぐ駅前の塾に行くじゃないですか。俺が言葉にまごついて時間をとったらそれこそ……」
 津田はまた頭を抱えて弱々しげな姿に戻ってしまった。正直、面と向かって言えるのだとしたらそれがもっともいいだろう。手紙と違って何か物に残るわけでは無いし、相手の反応もすぐにわかるのだから、そのほうがお互い気持ちのすっきりする方法であるような気がしているのだ。しかし、言葉で伝えるためには間違いなく時間を必要とするのだ。津田にとっては武藤への感謝を手短な時間で伝えられる気が全くしない。
「うん、それは大問題だな……」
 高辻も再び腕を組んで思案し始めたが、福原は何を悩むかと言わんばかりの様子だった。
「なんだ津田!学生であれ会社勤めであれ……人が集まる施設は話しかけるにとっておきの時間があるだろ!」
「?なんだ、登下校以外にってことか?練習の時間……は到底難しいだろうな。休憩時間も多くて10分くらいだし……」
 山口が訝しげに答える。
「何言ってんだ!昼飯の時間だよ!お前だって武藤先輩の色恋沙汰の噂は聞いたことないわけないだろ!」
 福原がニヤッとしながら津田をみた。その通りである。津田も武藤の彼女の噂について無知ではない。武藤には一年下、二年生の彼女がおり、それも結構な……と言うよりも、並の恋人では及ばないくらいの仲であることもよく知っていた。しかし、だからこそ昼飯の時間に行くのは大の問題である。
「でも、昼飯の時間なんて言ったらそれこそ――」
 武藤は昼飯の時間にはその例の彼女と共に、彼女の持ってきた手弁当を食べるというのが、非常に有名であった。半ば時代錯誤にも思える風景であるから、武藤の友人がこれを黙っておくわけもなく、武藤も特に恥ずかしがるどころか常に彼女のことを自慢するように話すので、噂はすでに広く知られていた。教師陣もよく知るほどに。福原に声を上げる津田の前で高辻も苦笑していた。
「はは……それは面白い話だが、若い恋人の間に入っていくのはなかなか至難のことだよ……」
 福原は二人の反応を前に待ってましたと言わんばかり、身を乗り出して津田に向かった。
「安心しろって!俺だってわざわざ言ったからには案がある……、いいか?武藤さんはいつも彼女の弁当でもって二人で昼飯を食ってるわけだから、当然その彼女がいなければ一人になるし、昼飯も買う必要が出てくる」
 何を当たり前のことを、と津田は以前納得していない顔で福原を見返したが、高辻は合点が入ったようで目を丸くして相槌を打った。
「あぁ!なるほど……そういや今週末には二年の地域学習があったねぇ!」
 高辻も二年の担任であるから、遠足行事については当然認識していた。津田にとってはまたとないチャンスである。
「確かに……それなら十分武藤先輩の昼時も狙えそうですね……」
「だろ?それにどうせならさ……もうお前が弁当を作ってこいよ、津田!」
もはやウッキウキといった様子の福原の提案に、山口が青くなって声を荒げた。
「おまっ……怖すぎるだろ!なんで彼女の弁当の代わりが後輩の男の弁当になるんだよ!」
「他の恋敵の弁当よりはマシだろ」
「そう言う問題じゃなくてだな……!」
 山口に睨みつけられても当人はお構いなしである。
「いいか?俺は別になんも考えずにこんなこと言ってるわけじゃない。武藤先輩に言葉を伝えるってんなら、当然二人きり、そうじゃなくても、最低限周りの声が騒がしくないところでするべきだろ?」
「はい……」
 津田は大人しく首肯する。
「もし武藤先輩がコンビニかなんかに寄って昼飯を持ってきてるんならこれ幸いだが、もし何も持ってきて無かったとしたら、間違いなく学食に行く必要がある。でももし学食に行ったら、配膳の皿の問題がある以上、学食の外には出られないし、あんなうるさいトコ座ったら……でる言葉もでねぇだろ?つまりは予防策としての弁当ってわけだよ」
「おお!確かにそれはいい考えだねぇ。備えあれば憂いなしってことだ。武藤としても、もし何も持ってきていないのだとしたら、きっと喜んでうけとってくれるだろうから……」
 福原の提案に高辻はむしろ楽しそうに賛意を示した。津田としても「弁当を作る」というアイデアには驚いたが、福原の説得には一理あるし、武藤もそういうことを気色悪がる人間でもなさそうな気がする。それに、もし武藤が持ってきていたとしても、自分が食べればいいだけである。そこまでまんざらでもない気がしてきたのだ。
「確かに……それなら、昼休みいっぱいの時間を使えますし、先輩にそこまで手間を取らせないし、結構いい計画ですね……」
「正気かよ津田ぁ!」
 未だに提案に納得していない山口をよそに、福原はご満悦そうに椅子にふんぞり返った。
「いったやったろ?こう言う問題は一人で悩むより人に相談した方が良い案出るって!金曜の四限終わったら、即三年生のとこに行って、弁当渡して、屋上とか中廊下の小径のベンチにでも誘ってこいってわけだ!」
「あぁ、ご飯に誘うならきっと屋上の方がいいねぇ。夏の小径は虫が元気すぎるから……」
 青い木々の生い茂る小径の裏手には、水草を蓄え木漏れ日を照らし返す大きな池が控えているので、そこに住まう生き物の少なくないことは津田もよく知るところである。もはや気分はすっかり弁当を作る気になって、誘うときのことを考え始めていた。乗り気の三人に山口は呆れるような、困惑するような気分で肩を落とした。
「はぁ……嘘だろ……津田、お前本気で弁当持ってくるつもりなのか?別にコンビニで買ってきたって良いと思うけど……」
「せっかくの機会ですから、弁当作ってきますよ。俺料理も結構自信ありますし。その方が雰囲気あるじゃないですか!」
 津田はすっかり自信を取り戻したように胸を張って答えた。その様子を見ていると、山口も流石にこれ以上否定するのも悪いと思って黙った。
時刻はすっかり五時半に差し迫っていた。夕焼けが小径の木々を赤く彩り、校舎向かいの竹藪の風に靡く音を背にしたヒグラシの声が窓から聞こえてくる。しかし津田の胸はすでに明後日のことを考えて気分も晴れ渡っており、目の前の仕事をすぐにでも終わらせて計画を練ろうと意気揚々とパソコンに向かった。

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